1987年岡山県生まれ。東京・千葉育ち。心のふるさとは新潟。大学で建築を学んだ後、人や地域に密着したまちづくりに携わりたく、NPOに就職。新潟県で支部の立ち上げに参画し、地域コーディネーターとして都市と農村の交流活性事業、限界集落の再生等に携わった後、東京でUR都市機構が行う団地再生事業の団地型シェアハウス、(おそらく)日本初の二畳半箱型可動式シェアハウス等の生活を通じて価値観が変化していく。その後、建設会社を経て、株式会社リビタに入社。現在は主にシェアハウスや国際寮などのマネージャー業務を担当。
プロフィール


加藤 陽介
プロフィール
学歴
職歴
NPO法人
地域コーディネーター
場づくり
新潟県の支部に立ち上げメンバーとして参画。地域コーディネーターとして、年間7つのプロジェクトを軸に地域イベントの企画・運営・コーディネート、人材育成、WEB・カタログ・チラシ・ポスターの制作等を担当。プライベートでは人生初の雪国生活を心配して支え続けてくれた第二の家族とも言えるような人々に感謝しながら、限界集落の再生・陶芸・かまど作りなどに関わっていた。濃ゆい1年。
メモ:熊に顔半分持っていかれた経験談を子供達に語るおじさん。カマキリの卵から気象を観測するカマキリおじさん。
スターツCAM株式会社
施工管理
ものづくり
小学校やマンションの建築現場で施工管理を行うものの、職人不足で大工・鉄筋・左官・鳶・土工・内装など多能工のような職人生活を送る。強面でコミュニケーション取りづらいが実はめちゃめちゃ優しく、熱いものづくり哲学を持った職人さん達と「ものをつくること」にどっぷり浸った時期。
建設現場トピック:解体屋に胸ぐら掴まれてケンカ。竣工直後に気を抜いて現場前で車にはねられる。錆びた釘を踏んで、現場内で職人による緊急オペ。額にパイプぶつけて、5針ほど縫う。
株式会社リビタ
シェアハウスや国際寮などのマネージャー業務
場づくり+ものづくり
色々なご縁によって導かれたような会社。現在は主にシェアハウスや国際寮などのマネージャー業務を担当。自身のシェアハウス暮らし経験を活かした事業展開が得意。感度の高い社員・お客様に日々刺激を受けながら、最近は仕事とプライベートの間で仲間たちと何か面白いことできないかと妄想中。
履歴書の空白期
住まいながらシェアハウスという場所を編集するエディター
新潟から東京へのUターン計画を「ある3人に会いに行く」とだけ決めて、東京に戻る。①ナカムラケンタ氏②西村佳哲氏③萩原修氏
NPO時代の延長のような仕事をさせてもらっている中、①の方のトークイベントでイベント参加者(後の現職のお客様)から「あなたに紹介したい人がいる」と声を掛けてもらい、その紹介された方と意気投合(後の現職スタッフ)。その方と団地型シェアハウス(後の現職担当物件)で「住まいながらシェアハウスという場所を編集するエディター」活動を開始。②の方の言葉の「出会いをかたちにしていく生き方」に感銘を受けながら、③の方が関わる活動に自身の活動が近づいていく。
その後、ひとり旅で訪れた中国福建省の山岳地域にある共同住宅「土楼」の空間・生活・人に触れ、自分が今何をしたいかが見えた気がして、充電完了。
住まいの変遷
※住まいにまつわること
0〜1歳:岡山県倉敷市(ふるさと出産)※しばらくは岡山が実家だと思い込んでいた
1~15歳:東京都府中市(実家)※小さい頃から家で色んな人が集まり、わいわいした記憶がおそらく自分の原体験
15~20歳:千葉県佐倉市(実家)※環境変化により「地元」を意識するようになる
20~22歳:東京都府中市(実家)※ハウスダストにより3大アレルギー再発。建築が嫌いになる
22~23歳:新潟県妙高市(一人暮らし)※今思えば1度きりの一人暮らし。ほぼ全てのことが初体験
23歳~現在:
東京都府中市(実家)※一時避難
→東京都日野市(シェア暮らし)※団地型シェアハウスで価値観の変化はじまる
→東京都葛飾区(シェア暮らし)※銭湯仲間と銭湯通いの日々
→東京都台東区(シェア暮らし)※暮らし方も人も型破りな2畳半箱型移動式シェアハウス
→東京都墨田区(一般賃貸)※シェアに遊びに行ったり、呼んだりと、シェア暮らしが恋しい時期
→東京都杉並区(一般賃貸)※娘誕生により生活が激変
言葉
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